イラストや文章を気ままに綴っています。
現在幽白・ヘタリア・オリジナル中心。
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Teatime Story(文)
2009.06.29 Monday
・不憫と貴族さん
・若干バイオレンス(戦場)描写アリ
・捏造気味
・無駄に長い
・若干バイオレンス(戦場)描写アリ
・捏造気味
・無駄に長い
=Teatime Story=
初夏の陽光がカーテンに透けて部屋に差し込むティータイム。
ヴェストがイタリアの家から数時間は帰ってこないというので、
俺はローデリヒと二人きりで午後三時を過ごしていたのだった。
長椅子に寝転がっていると、細い手がゆらゆらと視界に入る。
シャツ一枚の質素な格好でも相変わらず何故か優雅で、
ティーポットを揺らす緩慢な動作に、俺は苛立ちを隠せない。
流石にもう怒鳴り散らしたりはしないけど。
「お前さぁ、紅茶入れるくらいさっさと出来ねぇのかよ」
思わず出た文句に、あからさまに不機嫌な眉が潜められる。
「茶葉を蒸らす重要性も解らないのですか。このお馬鹿さん」
馬鹿って何だ、とさっさとキッチンに向かう背中を追いかける。
大体お前は何をするにも遅ぇんだよ、早口で捲し立てると
古いオーブンから焼けたばかりのタルトを引き出しながら、
ローデリヒはそれは大きな溜息をついた。
ほんの少し開けた窓からは、生ぬるい風が吹き込んで
薄いカーテンを揺らしてリビングに広がっていく。
気まぐれに付けたラジオや手に取った印刷の粗い新聞が、
世界恐慌による諸問題について一同に報じている
不穏な空気がまるで嘘みたいだ。
何を言っても無視されるので、二人分の皿だけを手に居間に戻る。
机の上の新聞を長椅子の端に乱暴に放り、どっかと腰を下ろす。
俺は何事もてきぱき済ませるべきだと思っているから
ローデリヒとは正反対のタイプだ。
「オーストリア」のテンポと俺のテンポは大昔からずれていて、
お互い衝突する事が多い。なんて思っていると、
大きな皿にクランベリー・タルトを乗せて当の本人が戻ってきた。
「今これを切りますので。貴方は紅茶を淹れなさい」
「ていうか何でいつも命令口調なんだお前」
こういう時に拒否すると厄介な事になるので、文句を言いつつも
大人しく十分温まったティーポットを傾ける。
ご丁寧にティースプーンまで置いてやると、とりあえずお茶に
しましょうか、とローデリヒが向かい側の長椅子に座り直した。
ラジオだけがぽつぽつと小さな音で喋る沈黙が微妙に気まずい。
目の前で黙って紅茶を啜る相手を、ちらと盗み見る。
そして、見てしまった。見なければ良かった、否―目の当たりに
しなければ俺はずっと気付けなかったかも知れない。
ソーサーにティーカップを置こうとして、角度の付いた右手。
手首がびくりと震えて、人差し指から小指まで四本が同時に痙攣する。
マイセンの陶器がガチャリと大きな音を立てる。
解れた前髪が少し震えて、眉が痛みを堪えるように潜められた。
俺は知っている。自由のきかない手首の所以を。
・・・これは、あの時踏み躙った右手。
駿馬が巻き上げる粉塵が止まない戦場、頬に一筋だけの斬り傷に苛立って
見慣れた黒髪を見つけた頃、既にプロイセンの勝利は確定していた。
日が傾くまで戦闘は続いた。平野の隅にぽつぽつと十字架が築かれ始める。
無残な裂傷を晒し息絶える大多数は明らかにこっちの「手柄」だ。
亡骸に囲まれて、仰向けに倒れた腹の下に血溜まりが広がっていくのを
ただ、勝ったと思って見ていた。
「オーストリア」
ひくり、と瞼が震えて緩慢に開く。紫の混じる瞳は低く澱んだまま
虚空に留まって、漸く声の主を認める。
「俺の勝ちだ」
少し遠くにいる俺が見えているのだろうか。
Ich gewinne、再び宣告すると、眼鏡を失った眉がみるみる内に潜められて
苦しそうに一つ息を吐き出した。
貴方に、負けたなんて。
初めて聞いた唸るように低い声。
剣の柄を握り直して、すぐ側まで歩いていく。
途中何かを踏んだ感触と呻き声が聞こえたがどうでもいい。
為すべき事はただ一つ。
疼く。鋼を携えた右腕が、馬の鐙ばかり踏んでいた足が。
切り刻まれた全身を一瞥する。剣を引いたのがこの手でなかった事が
悔やまれる、腹の見事な裂傷と防具の隙間から覗くただ赤い血。
口角を上がるに任せた。いけ好かない貴族の表情が堪らなかったから。
「お前は負けて、俺が止めをさすんだよ」
あぁ、その瞬間俺は、オーストリアの本当の「致命傷」を知っていた。
血塗れの下腹部に目もくれず、俺は正確に右手首に剣を突き立てた。
「ギルベルト?」
我に返ると、ローデリヒが怪訝な顔でこっちを伺っていた。
さっきの躊躇を忘れたように、優雅な動作でナイフを動かしている。
「折角貴方の好きなタルトを焼いたというのに」
まだ記憶の底から這い上がれない中、自分の手元に視線を落とすと
マイセンのカップは血の気を失った指に握られて、
紅茶もとうに冷えてしまっている。
「一体どうしたんです、考え事なんかして」
似合わない事をするものではありませんよ、と普段の軽口にさえ
何の反応も返せない俺に呆れたような顔をして、
紅茶を淹れ直そうとカップに細い右手が伸ばされる。
関節の上、目を凝らして漸くわかる一筋の引き攣った皮膚。
「ローデリヒ」
無意識の内に、掴んでいた。
は、と頭を跳ね上げた驚きの表情は、俺の不可解な様子に対して
のみではない戸惑いに満ちている。
そうして、この男は何もかも覚えているのだと不意に悟った。
・・・数百年が経ち「プロイセン」で無くなって、初めて直視したのだ。
ローデリヒ、否「オーストリア」に俺がした事を。
声にならない声。
いつも俺の神経を逆撫でする、わざとらしいほど綺麗なテノール。
どんな窮地に立たされても決して揺らぐ事のなかった声色が、
唇が痙攣して喉が大きく反った後、壊れてしまったように
同じ言葉ばかりを象る。
裂かれた腹と手首の剣と、限度を越えた苦痛にとうとう高く備えた
プライドさえ錯乱の中に呑まれたようだった。
腕だけは、指だけは、腕だけは。懇願など聞き入れる訳がない。
無言で見下ろすその時の俺は、来るべき栄華への期待に震えて
明らかに興奮していた。
ぷつ。
聴こえるか否かの断末魔と鮮血と共に、「オーストリア」の音楽は
手を下した俺自身が哀しくなるほどあっけなく壊された。
神聖ローマ帝国を統べるに相応しいのは一体誰なのか。
それを解らせる為なら、容赦無く奪わなければならない。
そうして思い知らせてやるんだ。
地平線の果てまで続く、亡骸の山を築いたのはどちらか。
命と同等の価値を持つ指、クラヴィアを奏で楽譜を捲る繊細な指、
音楽の国にとって唯一の生命線。
その神経を断った、4束分の手応えを今も鮮明に覚えている。
うわ言のように懇願していたオーストリアは、地面に縫い留められた
己の右手を確かめて、無感覚の指を一瞥し、漸く俺の方を見た。
そう。その時俺は何もできなかった。
どこまでも暗く、極限まで純化された闇しか映さない瞳に苛立って
眼も潰してやろうかと思ったけれど。
不気味なほどに静まり返った双窩を前にして、
指一つ動かせなかった。
いっそ怨まれるほうが良かった。
そこにあったのが俺への憎悪でも闘志でも、増してや叱責でもなく。
ただひたすらに絶望だけだったからだ。
力こそが全てだと思っていた。
最強の軍隊と最高の戦略があれば何でも手に入ると思っていた、
無論オーストリアだって。
けれど俺は絶対に奪ってはならないものを奪ってしまった。
たとえ一国を破壊に導く為なら手段を選ばない時代だったとしても。
右手を、音楽を奪うってことは。
「オーストリア」の心が消えたのと、同じだったんだ。
その瞬間、オーストリアの瞳は、俺なんて見ていなかった。
喉の奥から。掠れた叫び声が淡々と漏れる。
俺はただ、手首から剣を抜き取る事しかできなかった。
「ローデリヒ、」
少し低い背は無言のままに、捉えられた右手に注意を払う事もなく
黙って呼吸を繰り返すだけだ。
テーブルの向こう、身を屈めたままの細い肩に顔を埋める。
どんな表情をしているのか、確かめられなかった。恐ろしくて。
「右手、治ってなかったんだな」
硬直した指先。俺が今まで目の当たりにしなかったのは、きっと
無意識の内に注意を払うまいとしていたからだ。
俺自身だって忘れていたのに。何百年も。
ごめん。
最期は、嗚咽に消えて、上手く言えなかった。
「あぁ、あの事でしたか」
後頭部を、暖かい掌が撫でるように覆った。
そうしてローデリヒは深い深い溜息をつくと、驚いて顔をもたげた
俺の額に触れる。
それは少し呆れたような、けれど優しい笑顔だった。
「そりゃぁあの時は色々ありました」
「けれど、お互い国を上げた戦争だったんですから」
仕方ありませんよ。
手首だって月に一度痛むかどうかですしね。そう言って、
俺の背中をぽんぽんと叩く。
ローデリヒは、多くを語らない。
「オーストリア」で居て、きっと苦しみも葛藤も自分の中で
全部乗り越えて、納得したのだ。
「ロディ」
滅多と呼ばない愛称で呼ぶと、くすぐったそうに何です、と答える。
右手首に口付けて、テーブルを挟んだまま強く抱き締めた。
あの後俺は勝利して、オーストリアの支配権を得た。
全ては思い通りの筈なのに、虚しさが常に心の中にあった。
ただ、恐ろしかったんだ。音楽を紡げなくなった彼の、あまりに
痩せ細った姿が。
・・・その瞳に、俺が全く映っていない事が。
「どこにも行くな」
もう絶対に傷つけないから。大切なものを奪ったりしないから。
「行きませんよ」
包み込むような綺麗なテノール。その暖かさと、背中を抱き返す
両手の優しさに涙が出そうになる。
ピアノを弾く為にある繊細な指。俺はそれを護るべく剣を振るえば
良かったのだと、今はどうにもならない過去に思いを馳せた。
「ほら、タルトがすっかり冷めてしまったではないですか」
いつの間にか頬に伝った涙を指先で拭う、慈しむ笑顔が
この世の何よりも綺麗だと今更になって気付く。
「温め直して、食べましょう」
「ああ」
「紅茶も新しく淹れて、お湯を沸かして」
「そうだな」
少し傾いた金色の夕日の向こうから、穏やかな風が流れてくる。
遅めのティータイムと、付いたままのラジオはいつの間にか
ニュースを終えて緩やかなショパンを奏でている。
ヴェストはまだ帰って来そうにない。
後悔と、漸く気付いた自分の本心と。胸の中に渦巻く感情は
まだ完全に治まらないけど。
抱きしめたローデリヒはあまりにも暖かくて、優しくて
永遠に、甘えていたかった。
==
初夏の陽光がカーテンに透けて部屋に差し込むティータイム。
ヴェストがイタリアの家から数時間は帰ってこないというので、
俺はローデリヒと二人きりで午後三時を過ごしていたのだった。
長椅子に寝転がっていると、細い手がゆらゆらと視界に入る。
シャツ一枚の質素な格好でも相変わらず何故か優雅で、
ティーポットを揺らす緩慢な動作に、俺は苛立ちを隠せない。
流石にもう怒鳴り散らしたりはしないけど。
「お前さぁ、紅茶入れるくらいさっさと出来ねぇのかよ」
思わず出た文句に、あからさまに不機嫌な眉が潜められる。
「茶葉を蒸らす重要性も解らないのですか。このお馬鹿さん」
馬鹿って何だ、とさっさとキッチンに向かう背中を追いかける。
大体お前は何をするにも遅ぇんだよ、早口で捲し立てると
古いオーブンから焼けたばかりのタルトを引き出しながら、
ローデリヒはそれは大きな溜息をついた。
ほんの少し開けた窓からは、生ぬるい風が吹き込んで
薄いカーテンを揺らしてリビングに広がっていく。
気まぐれに付けたラジオや手に取った印刷の粗い新聞が、
世界恐慌による諸問題について一同に報じている
不穏な空気がまるで嘘みたいだ。
何を言っても無視されるので、二人分の皿だけを手に居間に戻る。
机の上の新聞を長椅子の端に乱暴に放り、どっかと腰を下ろす。
俺は何事もてきぱき済ませるべきだと思っているから
ローデリヒとは正反対のタイプだ。
「オーストリア」のテンポと俺のテンポは大昔からずれていて、
お互い衝突する事が多い。なんて思っていると、
大きな皿にクランベリー・タルトを乗せて当の本人が戻ってきた。
「今これを切りますので。貴方は紅茶を淹れなさい」
「ていうか何でいつも命令口調なんだお前」
こういう時に拒否すると厄介な事になるので、文句を言いつつも
大人しく十分温まったティーポットを傾ける。
ご丁寧にティースプーンまで置いてやると、とりあえずお茶に
しましょうか、とローデリヒが向かい側の長椅子に座り直した。
ラジオだけがぽつぽつと小さな音で喋る沈黙が微妙に気まずい。
目の前で黙って紅茶を啜る相手を、ちらと盗み見る。
そして、見てしまった。見なければ良かった、否―目の当たりに
しなければ俺はずっと気付けなかったかも知れない。
ソーサーにティーカップを置こうとして、角度の付いた右手。
手首がびくりと震えて、人差し指から小指まで四本が同時に痙攣する。
マイセンの陶器がガチャリと大きな音を立てる。
解れた前髪が少し震えて、眉が痛みを堪えるように潜められた。
俺は知っている。自由のきかない手首の所以を。
・・・これは、あの時踏み躙った右手。
駿馬が巻き上げる粉塵が止まない戦場、頬に一筋だけの斬り傷に苛立って
見慣れた黒髪を見つけた頃、既にプロイセンの勝利は確定していた。
日が傾くまで戦闘は続いた。平野の隅にぽつぽつと十字架が築かれ始める。
無残な裂傷を晒し息絶える大多数は明らかにこっちの「手柄」だ。
亡骸に囲まれて、仰向けに倒れた腹の下に血溜まりが広がっていくのを
ただ、勝ったと思って見ていた。
「オーストリア」
ひくり、と瞼が震えて緩慢に開く。紫の混じる瞳は低く澱んだまま
虚空に留まって、漸く声の主を認める。
「俺の勝ちだ」
少し遠くにいる俺が見えているのだろうか。
Ich gewinne、再び宣告すると、眼鏡を失った眉がみるみる内に潜められて
苦しそうに一つ息を吐き出した。
貴方に、負けたなんて。
初めて聞いた唸るように低い声。
剣の柄を握り直して、すぐ側まで歩いていく。
途中何かを踏んだ感触と呻き声が聞こえたがどうでもいい。
為すべき事はただ一つ。
疼く。鋼を携えた右腕が、馬の鐙ばかり踏んでいた足が。
切り刻まれた全身を一瞥する。剣を引いたのがこの手でなかった事が
悔やまれる、腹の見事な裂傷と防具の隙間から覗くただ赤い血。
口角を上がるに任せた。いけ好かない貴族の表情が堪らなかったから。
「お前は負けて、俺が止めをさすんだよ」
あぁ、その瞬間俺は、オーストリアの本当の「致命傷」を知っていた。
血塗れの下腹部に目もくれず、俺は正確に右手首に剣を突き立てた。
「ギルベルト?」
我に返ると、ローデリヒが怪訝な顔でこっちを伺っていた。
さっきの躊躇を忘れたように、優雅な動作でナイフを動かしている。
「折角貴方の好きなタルトを焼いたというのに」
まだ記憶の底から這い上がれない中、自分の手元に視線を落とすと
マイセンのカップは血の気を失った指に握られて、
紅茶もとうに冷えてしまっている。
「一体どうしたんです、考え事なんかして」
似合わない事をするものではありませんよ、と普段の軽口にさえ
何の反応も返せない俺に呆れたような顔をして、
紅茶を淹れ直そうとカップに細い右手が伸ばされる。
関節の上、目を凝らして漸くわかる一筋の引き攣った皮膚。
「ローデリヒ」
無意識の内に、掴んでいた。
は、と頭を跳ね上げた驚きの表情は、俺の不可解な様子に対して
のみではない戸惑いに満ちている。
そうして、この男は何もかも覚えているのだと不意に悟った。
・・・数百年が経ち「プロイセン」で無くなって、初めて直視したのだ。
ローデリヒ、否「オーストリア」に俺がした事を。
声にならない声。
いつも俺の神経を逆撫でする、わざとらしいほど綺麗なテノール。
どんな窮地に立たされても決して揺らぐ事のなかった声色が、
唇が痙攣して喉が大きく反った後、壊れてしまったように
同じ言葉ばかりを象る。
裂かれた腹と手首の剣と、限度を越えた苦痛にとうとう高く備えた
プライドさえ錯乱の中に呑まれたようだった。
腕だけは、指だけは、腕だけは。懇願など聞き入れる訳がない。
無言で見下ろすその時の俺は、来るべき栄華への期待に震えて
明らかに興奮していた。
ぷつ。
聴こえるか否かの断末魔と鮮血と共に、「オーストリア」の音楽は
手を下した俺自身が哀しくなるほどあっけなく壊された。
神聖ローマ帝国を統べるに相応しいのは一体誰なのか。
それを解らせる為なら、容赦無く奪わなければならない。
そうして思い知らせてやるんだ。
地平線の果てまで続く、亡骸の山を築いたのはどちらか。
命と同等の価値を持つ指、クラヴィアを奏で楽譜を捲る繊細な指、
音楽の国にとって唯一の生命線。
その神経を断った、4束分の手応えを今も鮮明に覚えている。
うわ言のように懇願していたオーストリアは、地面に縫い留められた
己の右手を確かめて、無感覚の指を一瞥し、漸く俺の方を見た。
そう。その時俺は何もできなかった。
どこまでも暗く、極限まで純化された闇しか映さない瞳に苛立って
眼も潰してやろうかと思ったけれど。
不気味なほどに静まり返った双窩を前にして、
指一つ動かせなかった。
いっそ怨まれるほうが良かった。
そこにあったのが俺への憎悪でも闘志でも、増してや叱責でもなく。
ただひたすらに絶望だけだったからだ。
力こそが全てだと思っていた。
最強の軍隊と最高の戦略があれば何でも手に入ると思っていた、
無論オーストリアだって。
けれど俺は絶対に奪ってはならないものを奪ってしまった。
たとえ一国を破壊に導く為なら手段を選ばない時代だったとしても。
右手を、音楽を奪うってことは。
「オーストリア」の心が消えたのと、同じだったんだ。
その瞬間、オーストリアの瞳は、俺なんて見ていなかった。
喉の奥から。掠れた叫び声が淡々と漏れる。
俺はただ、手首から剣を抜き取る事しかできなかった。
「ローデリヒ、」
少し低い背は無言のままに、捉えられた右手に注意を払う事もなく
黙って呼吸を繰り返すだけだ。
テーブルの向こう、身を屈めたままの細い肩に顔を埋める。
どんな表情をしているのか、確かめられなかった。恐ろしくて。
「右手、治ってなかったんだな」
硬直した指先。俺が今まで目の当たりにしなかったのは、きっと
無意識の内に注意を払うまいとしていたからだ。
俺自身だって忘れていたのに。何百年も。
ごめん。
最期は、嗚咽に消えて、上手く言えなかった。
「あぁ、あの事でしたか」
後頭部を、暖かい掌が撫でるように覆った。
そうしてローデリヒは深い深い溜息をつくと、驚いて顔をもたげた
俺の額に触れる。
それは少し呆れたような、けれど優しい笑顔だった。
「そりゃぁあの時は色々ありました」
「けれど、お互い国を上げた戦争だったんですから」
仕方ありませんよ。
手首だって月に一度痛むかどうかですしね。そう言って、
俺の背中をぽんぽんと叩く。
ローデリヒは、多くを語らない。
「オーストリア」で居て、きっと苦しみも葛藤も自分の中で
全部乗り越えて、納得したのだ。
「ロディ」
滅多と呼ばない愛称で呼ぶと、くすぐったそうに何です、と答える。
右手首に口付けて、テーブルを挟んだまま強く抱き締めた。
あの後俺は勝利して、オーストリアの支配権を得た。
全ては思い通りの筈なのに、虚しさが常に心の中にあった。
ただ、恐ろしかったんだ。音楽を紡げなくなった彼の、あまりに
痩せ細った姿が。
・・・その瞳に、俺が全く映っていない事が。
「どこにも行くな」
もう絶対に傷つけないから。大切なものを奪ったりしないから。
「行きませんよ」
包み込むような綺麗なテノール。その暖かさと、背中を抱き返す
両手の優しさに涙が出そうになる。
ピアノを弾く為にある繊細な指。俺はそれを護るべく剣を振るえば
良かったのだと、今はどうにもならない過去に思いを馳せた。
「ほら、タルトがすっかり冷めてしまったではないですか」
いつの間にか頬に伝った涙を指先で拭う、慈しむ笑顔が
この世の何よりも綺麗だと今更になって気付く。
「温め直して、食べましょう」
「ああ」
「紅茶も新しく淹れて、お湯を沸かして」
「そうだな」
少し傾いた金色の夕日の向こうから、穏やかな風が流れてくる。
遅めのティータイムと、付いたままのラジオはいつの間にか
ニュースを終えて緩やかなショパンを奏でている。
ヴェストはまだ帰って来そうにない。
後悔と、漸く気付いた自分の本心と。胸の中に渦巻く感情は
まだ完全に治まらないけど。
抱きしめたローデリヒはあまりにも暖かくて、優しくて
永遠に、甘えていたかった。
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プロフィール
HN:
桃晶(momoakira)
年齢:
36
性別:
女性
誕生日:
1989/03/21
職業:
大学生
趣味:
絵を描くこと、文を書くこと、楽器を弾くこと、音楽をつくること
自己紹介:
きれいなもの、ほっとするものが好きです。
色々な絵を描いたり、時には文章を書いたり
できたらいいなぁと思っています。
ラフな絵なんかももしかしたら載せるかも。
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