イラストや文章を気ままに綴っています。
現在幽白・ヘタリア・オリジナル中心。
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2025.07.02 Wednesday
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29.チョコレートブラウン(バトグサ)
2010.07.29 Thursday
BとTのCP30題 by朝乃耀様
お借りしました!
SACベース
注:
・女装ネタ
・バトグサ&モトグサ
・オリキャラとの絡みあり
・趣味丸出し
・その他諸々固有名詞はお名前だけの拝借が多くかつ節操の無さが目立ちますが
どうか気にせずお風呂上がりにでもお気軽に斯様な妄想のペーストをお楽しみ
いただければ幸いですあばばばb
お借りしました!
SACベース
注:
・女装ネタ
・バトグサ&モトグサ
・オリキャラとの絡みあり
・趣味丸出し
・その他諸々固有名詞はお名前だけの拝借が多くかつ節操の無さが目立ちますが
どうか気にせずお風呂上がりにでもお気軽に斯様な妄想のペーストをお楽しみ
いただければ幸いですあばばばb
-Prologue-
新浜中心街から車で20分ほど南下した猥雑な一角。
両脇に立つ強化義体のガードマンは無闇やたらと圧迫感を与えるが、薄っぺらな
IDカードを差し出せば一転すんなりドアを開けてくれる。
壁の暖色灯はアンティークで意外と趣味が良く、カウチもどっしりと座り心地は
悪くない。若干癪に障るが微か流れる"Noir Orfeu"すら好みのアレンジだった。
小奇麗なミニテーブルを挟んで成人男性二人が夕食をつっ突くなんて、端から見れば
さぞ滑稽な事だろう。だが人の目を気にしているようでは九課の隊員は務まらない。
そして今回に限って言えば…自分で言ってて違和感に身が捩れる思いだが…気にする
「必要」がなかった。
本人はとうに開き直っているらしい。
俺より明らかに目劣りするサイズの生身用ステーキがこれまた小奇麗な、だが素人目に
見て高価だと解る皿に収まってやってきた。ウェイターにニコリと首を傾けると、
哀れにも(敢えてこう表現する)二十歳そこそこの若者は頬を赤らめて足早に去った。
いや、無論女と間違われるって事は絶対無いんだが。
俺はポーカーフェイスは得意だが、目の前の人物が相棒だという事実にまだ感覚として
馴染めずにいた。腹いせに皿の端に粒マスタードを無断で絞ってみれば、
いつもは矛先を向けられる理不尽さに文句を垂れるのに、今日は大きめの切れ端に
たっぷり乗せて頬張り悠然と微笑んで見せたのだ。
これでは端から見れば完全に「中年マフィア」と「愛人」図である。
テーブルマナーもピンと通った背筋も仕草諸々も申し分ない。何より表情が凄い。
(すげぇ・・・完全になりきってやがる・・・)
げに恐ろしきは少佐の「レクチャー」なのだった。
事情を説明しよう。
=29.チョコレートブラウン=
-Scene.1-
「皆聞いて喜べ、今からオカマバーに潜入するぞ」
九課全員集合したブリーフィングルームで少佐が発した一言に、誰もが疑問符だの
笑みを殺した奇妙な真顔だのを貼っつける以外に反応のしようがなかった。
「ちょ、さ、最初からお願いします」
疑問の噴出するに任せて説明を求めたトグサに少佐がくるりと視線を寄越す。
刹那、荒事とは別種の胸騒ぎがすると俺のゴーストが無駄に囁いた。
こんな時にかよ・・・溜息つく暇も無く電脳内に貨物輸送機のシルエットが立ち上がる。
「とある人物の大型TBヘリによる極秘入国が確認された。当局を通じ課長が念入りに
調査した結果、樺太経由でロシアに流れたTB-372906Aと判明。
過去に数度入国した痕跡があるものの、組織混乱に乗じ書類上"死亡"だったため
両政府共々手が出せなかった」
「偽造IDにかかってなけりゃ割れたも同然だな」
「課長が怒るわよ。ビチェス・イワニコフの孫にあたるイリイチ・イワニコフだ」
その瞬間、室内に僅かな緊張が走った。先程の奇言が意識の端に追いやられる。
トグサも名前だけは聞いた事があるようで、あっと口を押さえる。
「おいおい、ビチェスが死んでグジェリカは"消滅"したんじゃなかったのか?」
「近頃ロシアンマフィアの終焉とか囁かれてるが、実際完全に裏に潜っただけだぞ。
特にヤツが生前直に任命した跡継ぎって情報だ。オマケに下っ端まで戦闘員」
「単なる武装集団じゃなくて統制された軍隊だからな」
「しかも彼、生前から可愛い孫に随分旅をさせてたようね。電脳戦、九歳で完全義体、
陸軍指揮の経験まである。幾ら形式的でも一度分裂した組織を実質的に再編するのは
並大抵の力じゃ不可能よ、ただの世襲ではないらしい」
「切り裂きジャックも真っ青な旧露時代に逆戻りするつもりじゃねぇだろうな」
昔スナイパーとやりあった事がある、とサイトーが苦々しく首を擡げる。
九課が世界有数と自負する狙撃手をして眉を顰ませるのだから余程の相手なのだろう、
各々が士気を高める中少佐だけが飄々としていた。
「つまりヤバさそのままに生き返ったドラキュラ一家の現家長が御来日ですね」
「そういう事」
イシカワが薄い笑みを刷いて髭を擦る。電脳戦に備え防壁チェックの真っ最中だろう。
俺とて例外では無く、久々の荒事かと装備A2を待つのみという意気だった、が。
事態は少佐の第一声を思い出させる形で予期せぬ方向へと動いた。
「そうそう、トグサは忍者服が似合うから絶対チャイナドレスだと思ってたのよ」
そう言って少佐はいつの間にやら引いてきたどでかいクローゼットをばんと叩いた。
意味が解らない。デジャヴであろうが今度はあからさまに不満気にならざるを得ない。
名指しされたトグサはといえば、まるで狐に抓まれたような顔をしている。
「背景に時間を割いたから単刀直入に言うわ。先刻イリイチ本人から直接課長に
連絡が来たそうだ、"それと解らぬよう護衛を頼みたい"と」
「一体どういう御了見だ」
「贔屓の店があるんですって。新浜南本町に」
「+Aレベル観察対象指定のロシアンマフィアがオカマバーかよ・・・」
「付け加えると彼は表向き禁欲主義団体のシンパよ。その実、ね」
少佐がかすかに片眉を持ち上げた。
つまるところスキャンダルが洩れれば一大事である。混乱に乗じた来日とは随分
訳が違うのだろう、情報あらば月まで飛ぶとは某国メディアを皮肉った常套句だ。
またお守りかよと溜息が洩れる。が、イシカワとパズの表情は硬いままだ。
「ちょっと待て、そこいらって確か紅塵会第三支部の寝床じゃなかったか?」
「第三支部?聞き慣れねぇな」
「所詮下っ端を詰め込んだだけの集団だったが、ここ半年で妙に力を付けている。
ウラジオストクの文字が出納記録に載りだした時期とイリイチの初来日が」
「一致している、と」
バーの経営名義は本部のダミー会社だが最近は実質第三支部の管理下だという。
途端にきな臭くなって来やがった。無論当初の疑問が置き去りにはならなかったが。
「しかし何故新浜ですらマイナーな奴等が大物と接触できた?」
「それも含めての調査が今回の実質的な任務だ」
少佐の目から感情が消える。
「イシカワは私とTBヘリの監視。サイトーは松澤ビル屋上で現場監視、パズとボーマは
ドライバーを装い工学迷彩タチコマ二機と現場前で待機。2300出、対象確認決行」
「了解」
「そしてバトーとトグサ、お前達は"グジェリカ幹部"と"その愛人(駆け落ち中)"だ!」
「りょ・・・え、えぇーっ?!」
そうして少佐は司令官の顔をしたままトグサと俺に人差し指をびしりと向けたのだった。
ブリーフィングルームが一気に奇妙な空気に包まれる。手法自体は決して珍しくない、が
具体的プランが随分と耳慣れない。
「(駆け落ち中)の必要性を伺いたいんですが・・・」
「愛憎劇は目隠しに最適だ」
「ってか何で俺だよ!」
つっこまずは居られまい。
確かに少佐は目的の為なら九課も欺くというか、わざと説明を省く時がある。結果解決に
繋がる事も多いので異論は無い。無いが、今回は少々勝手が違いやしないか。
「同タイプの義体を使用する幹部がいる」
「しょ、少佐のリモート義体は・・・」
「馬鹿言わないで、片手間に出来る仕事じゃない。小国家予算並の損害が出かねないのよ」
確かに正論だ。少しのリークや一行の醜聞で「何もかも」が泡と化す事例は山とあり、
現実に想定し忌避しなければならない最悪の事態である。
無論お互いプロだから予防線は張るが、少しの緩みが命取りだ。
九課は感情面はとにかく国家における「地下経済」の重要性をよく理解していた。
「これは命令だ」
彼女にたった一言そう放たれてしまえば、他メンバーはもう何も言えない。駄目押しで
「お前にしか出来ない」などと加えられてはぐうの音も出ない。
「・・・了解」
諦めたらしいトグサの返事は意外に明瞭で、少佐の涼やかな口元が秘かに笑みを象った。
「以上、解散。あ、トグサはこれからじっくり"準備"をするから。パズも来て」
「準備ってつまりじょ・・・」
言い終える前にメスゴ、じゃなかった少佐にずるると引き摺られ相棒は仮眠室に消えた。
パズが呼ばれた理由は諸々の業界に通じているからだが、何故途端にノリ気なのか。
そうして後には妙な空気の漂う部屋に数人だけが残された。
「…なぁ」
「ん?」
「俺は遠くから見てるだけだからいいんだが―」
「皆まで言うな」
「―すまん」
無論プロだから仕事はこなす。だが経験からしてパズが圧倒的有利という内容に何故
トグサなのか、というシンプルな疑問だけが各々の頭上に鎮座している。
「今日の少佐、いつもと違う」
「だよな」
普段無言で席を立つサイトーやボーマにしては珍しく口数が多くなっている。
ゴーストの囁きは当たったと言っていい。だが当たった所で女装した相棒の傍に
どうやって立てば良いのか皆目見当もつかなかった。
ボディガードを演じる事はた易いが、相手は俺達以上に騙し騙されのプロである某国
マフィアなのだ。微妙な躊躇や動作が命取りにならないとも限らない。
なんたってあたふたと動揺する自分に困っている。この所緩んでっかなぁ・・・
答えの無い思考に疲れてイシカワを見遣るが、
「あぁ、うん…草薙はな、いや、草薙だからなぁ、うん」
最年長は眉間を揉みながら妙に納得した様子で呟くばかり。結果俺達は柄にもなく
のろのろと散り、仕事の準備に取り掛かるしかなかった。
1時間後、再びブリーフィングルームに集められた俺達は「それ」を前に
不覚にも息を呑んだ。おぉ、とボーマは声に出しサイトーの右目が見開かれる。
イシカワだけがニヤリと笑いソファーに深々とリラックスしていた。
一同の反応は想像と実物が全く違っていたからだ。
「・・・お前、着痩せするんだねぇ」
口をついて出た声は自分でも呆れるほど上擦っていた。
首まできっちりと締め上げたドレスは60年代の香港映画を思わせるが、
黒地にダークブラウンとシルバーの刺繍から一目で有名ブランドの新作と知れる。
少し切れ長の目尻にアイラインが伸び、目頭にはブルーシルバーが控えめに
光っている。少佐が苦労したと笑うルージュはカーマインブロンズだ。
癖のある茶髪を軽く後ろへ流し、揉みあげにはご丁寧にエクステを付け、長い襟足は
敢えてそのままだ。前髪を掻き上げただけでえらく印象が変わる。
大胆なスリットから暗色のシルクストッキングを覗かせて足先を染める黒が目に
入った時、漸く二人は頭のてっぺんから足の爪までトグサを本気でコーディネート
したのだと解った。
「何だトグサ、意外と似合うじゃないか」
「へぇーこういうのも有りなんだ」
「上出来だろ」
無意識にヒュゥと口笛が零れる。
ともすればギラギラになり兼ねない色合いを制したのは少佐とパズの腕前だろう、
一言で表せば、男共が悔しくなるくらいに「クール」だった。
最大限素材を生かしたと語る少佐の声は弾んでいて、あぁすっごく楽しんでんなと
またも脱力しそうになりながら考える。
当のトグサはじろじろ見られるという滅多とない経験に顔も真っ赤に俯いて、
嫁さんに合わせる顔がないとか、穴があったら入りたいとかぶつぶつ呟いていたが。
「なに、あんた達が着たって台無しよ」
このボディラインがなきゃね、と脇腹から脹脛までを少佐の細い指がすいと辿れば
トグサがぎくりと身を竦ませる。
引き締まった腹部に対し腰から膝のラインがふっくらして、俺は良く知ってるが
妙に中性的な趣がある。鍛え方以前にトグサの骨格上の特徴なのだった。
しかしこりゃ所謂セクハラじゃないか、まあ少佐の事だから仕方ない。
同僚上司にああでもないこうでもないと着せ替え人形にされる相棒の様子が
容易に想像できて、思わず苦笑した。
「しかし中々のオールドスタイルだな。悪かないが」
「今年は懐古趣味が流行りだからな」
そう満足げに煙草を燻らせるパズに、お前も楽しんでんじゃねぇと内心つっこむ。
おまけにイシカワも興味深そうにじろじろと眺めてやがる。
「ちなみに背中はこの通り」
ぐるりと回転させられると、成程ウエスト辺りまでざっくり開けられている。
「少佐、いいのか?生身じゃもろに被弾するぞ」
サイトーが仕事口調で尋ねる。最もな意見だ。
「大丈夫よ、一応プロテクト済みだしマテバぐらい隠せる。それに何より」
最強のガードがついてるでしょ?笑顔で振られ、今度は俺がぎくりとする番だった。
有り得ないといった風情のスナイパーの顔に「えぇっ」と書いてある。
あの少佐が他隊員に頼る事を全面的に認めるなんて、天地がひっくり返るより
うんとレアなケースなのだ。
が、何事か言い返そうと口を開いた時既に遅く少佐は背を向けていた。
「ボーマ、時間は?」
「残り73分」
「じゃあ、なんとかなるわね」
そうして再びトグサの首根っこが捕まれる。
「ちょ、今度は何・・・」
「今から女性らしい仕草振る舞いとは何たるか急ピッチでレクチャーするわよ!」
その表情には前述の如くイリイチに不信感を少しでも与えぬようとのれっきとした
理由が含まれたが、声には明らかに異質のモチベーションが混じっていた。
つまるところ、やる時は徹底的にやるのだ。今回の場合多分に趣味趣向が
反映されているけれど。
その後俺達は妙にすっきりした顔で各々準備を続行し、レクチャーの内容は
知れないがきっかり60分後に現れたトグサのまず姿勢が違った。
俺はと言えば去り際手渡された如何にもな高級スーツに着替えただけだ。
「少佐ぁ、俺にはなんもナシかよ?」
「どう頑張っても堅気には見えないから安心しろ」
「それって名誉毀損・・・」
無論長い付き合いで信用の裏返しと知っているから、小さく肩を竦めてみせる。
「外面(そとづら)に合わずシェフの腕が良いそうだ。経費で御馳走食って来い」
ニヤリと笑う少佐は一瞬まるで悪戯好きの少女で、悪い予感を感じとった頃には
ご丁寧にB1へのボタンをプッシュしダイブ室に消えていた。
エレベーターで特に会話はなかった。お互い妙に気まずかったのだ。
カーマインブロンズのシルクシャツを胸元まで開け(あくまで少佐の指示通りだ)、
同じくシルク地の奴等好みなダークスーツを着崩している。
最近のロシアンマフィアは装飾控えめらしく、薬指にやたらと高そうな
大振りのジェットを嵌めるのみだ。
因みに"あからさまな"愛人設定のためトグサの指にも小ぶりのジェット。
俺は正直やりすぎだと思ったが、今日の少佐には逆らわないでおく。
ふと視線を感じて普段より少し離れた茶髪を見下ろすと、慌ててそっぽを向く。
耳の端が充血している。妙に勝った気になった。
しかしそんな余裕は地下に到着した途端引っ込んでしまったのだった。
共同駐車場に見慣れぬ車が止まっている。またもオールドスタイルのリムジン、
ドアにはGAZ。義眼の性能を差し置いて電脳の視覚野が見間違いだと認識した。
が再度視線を走らせる。間違いなくGAZだ、それも正規IDの。
ロシアンマフィアの上層部共はこれしか乗らねぇんだ、ドライバーを装ったパズが
黒いボディをこんと叩くのも耳に入らない。
「・・・俺らがいつも仕事に対してプロフェッショナルなのは事実だ」
「ああ」
「むしろ公安九課として当然だけどよ」
「そうだな」
「GAZの復刻版リムジンはロシア国内でえらいプレミアじゃなかったか?」
「しかもグジェリカ御用達の3ローターエンジン搭載特別装甲車"チャイカ"だ」
「そういう事聞いてんじゃねぇよ・・・」
何せ日本じゃ存在自体が違法なのだ。それをこの短時間で合法入手するたぁ、
一体どれだけの費用を注ぎ込んだのか。想像もしたくない。
「正直外面だけ似せて強化した方がうんと楽だろ」
「いや、勘の鋭い野郎だから念には念を、だ」
確かに正論だが向こうじゃ日本車も普及しているのだ、若干やり過ぎじゃないか。
が、パズはそもそもノリ気だった。ボーマといえば諦め顔で笑うだけだ。
そうこうしている間に時は過ぎ、俺達を押し込んでリムジンが地上に浮いた。
こりゃぁまさか本格的に「ゴッドファーザー」やらかすんじゃねぇだろうな?
先が思いやられる。荒事なら慣れているが、生憎俺は役者じゃなくて公務員だ。
「これ、少佐の私物なんだと」
レトロだが如何にも金のかかった内装は初期のGAZらしい。
思わず見下ろせば、相棒がクスクスと笑いながら首元を指差した。
賑やかな中心街を抜けて南へ向かう道中、背後の黒いスポーツカーをマークする。
護衛の護衛という名目だろうが特徴的な挙動、九課を舐めてもらっちゃ困る。
満月から雫が垂れたフォルムのチタニウム。脳殻素材のブローチたぁ良い趣味だぜ、
呆れつつも滑らかな金属光沢が今の相棒に厭味なほど似合っていた。
当然持ち主にも厭味なほど似合うのだろう。
「いきましょ」
俺が先に下りて右手を差し出す。一回り細い指がぐっと体重をかける。
スイッチが入るのを傍で感じた。相棒はもういつもの顔をしていなかった。
『魔法が解ける前に終らせてこいよ、シンデレラ』
パズのたっぷり悪戯めいた声が電脳に響く。
少しの苛立ちと、任務への強い意志の混じった瞳が真っ直ぐ俺を見上げて、
その目尻にチョコレートブラウンとダークコバルトのアイラインがよく映えた。
柄にもなく、美しいと思った。
-Scene.2-
さて、いつもは背中を任せている茶髪を今日は俺がエスコートだ。
こつこつと低めだが上品なヒールの音に耳慣れず苦笑が洩れそうになる、が
俺だってスイッチをオンにすりゃいい。
扉には"L'amant(愛人)"の文字。ちょいと設定がベタすぎやしないか?
狭い廊下、店員とすれ違いざま背中に掌を添えると、無駄を排した実戦用の
背筋が柔らかく隆起する。その感触に妙な高揚を覚えた。
監視カメラの位置はイシカワが既に確認済みで、入店時に盗んである。
両壁際にテーブルが合計六つ、広さだけ言えばまるで路地裏の定食屋だ。
西側の中央に腰を据える。ここならホール全体と裏口が目視できた。
店のセンスは悪くない。難を言えばテーブルが小さすぎる事ぐらいか。
メニューを運んで来たウェイターと奥の"女"数人を一瞥する。
映像解析し少佐に接続。首に紅塵会の特徴的な電脳痕、隠す気も無いらしい。
『少佐、どうやら店員は支部メンバーばっかだぞ』
『奴等店自体を拠点にしているのか』
『だろうな。器用な連中だぜ』
無論皮肉が多分に含まれている。これじゃ洗ってくれと言わんばかりだ。
表向きは(対象は限られるが)一般市民がいつ訪れるとも知れない店だ、
今日は貸切としても小細工には限界があるだろう。
奴が現れるまで課長が言うには13min37sec。現時点ではこのくらいか、と
視線を目の前に戻し、珍しい相棒の姿をじっくりと観察した。
ドリンクメニューを捲る仕草は至って自然だが元々がさつな男でもない。
袖が敢えて七分なのは、筋ばっているが形の良い手を見せる為だろうと勝手に
解釈した。自分の「成果」を誇示する、少佐らしくないが今回は特別だ。
何気ない動作も徹底的に「レクチャー」したのだろう。
「ご注文は?」
「ルイ・ロデレールとペルツォフカを」
ペルツォフカ、聞いた店員が一瞬ピクリと眉を顰める。がすぐ何かを
心得たようで、かしこまりました、と笑顔で答えた。
「飲みすぎんなよ」
『おいおいどっちも載ってねぇぞ』
「御心配には及ばないわ、知ってるでしょ?私が強いの」
『カマかけてみたのさ』
引き続きディナーを注文しながら、目だけがいつもの光を宿していた。
『少佐』
『トグサか、どうした』
『彼が何度も来店してたってのは間違い無さそうです』
やがてシャンパンボトルと飴色の角ばった瓶が運ばれる。冷え方からして
IDを確認した後に用意したものでない事は確かだ。俺はロック、相棒もロック。
食前酒としては中々に不自然だがこういう店だ、目立ちもしない。
『旦那の目に乗ってます?このペルツォフカっての、お気に入りだそうで』
『調べたわ。日本には殆ど流通しない唐辛子ウォッカ』
『インポート税抜き半ダース50万って馬鹿げた金額で、殆ど金持ち連中が
独占輸入してるような銘柄です。キンキンに冷やすのはロシア流で、存在自体
マイナーだから殆ど日本じゃ知られてません』
『それを下っ端経営のバーが、ねぇ』
『更にフランスのロデレールは予てからの不作で、その輸出先も』
『ロシアだけ』
カメラの映像を注視し聴覚サイトを70%まで上げておく。
スタッフ全員にばれないよう時間をかけて枝をつけ、一口含む。辛ェ。
『ボトルキープってレベルじゃないですよ。空を再度、海も洗って下さい』
『聞こえたかイシカワ』
『チィ、半分オペレーターにやらせる。了解』
ったく猫の手も借りたいぜ、最年長のぼやきを最後に電通が途切れた。
MMが外部刺激を味として脳に伝達する。唐辛子味のウォッカたぁ、俺は
好きになれねぇな。しかしこうもあっさりと調べが付くとは。
『お前酒好きだったっけ?』
『ロシアっていうから一通りリストしたんだよ』
その時。目の前に分厚いステーキが差し出されたと同時に、
ドアベルがカランと鳴って、大柄なロシア人が狭い廊下を塞いだ。
続けて俺より少し小柄な金髪が入ってくる。写真照合ビンゴ。
店員がざわつく。暗号通信は意外と難解だった、手間取らせやがって。
店全体の危機管理に比べると随分大層だ。コンポーザーでも居るんだろう、
無論紅塵会以外の。
『イシカワ、空と海どうだった?』
『そう急かすな、こいつぁ中々のセキュリティだ』
『あんたがこうも梃子摺るなんて珍しいな』
細身のシャンパングラスをなぞる仕草は少佐のそれとも違っていて、
豪快にカツ丼を頬張るいつものお前はどこ行ったんだと苦笑が洩れそうになる。
分厚いレアの肉汁が一滴唇に零れる。ざり、ナイフの肉を断つ音さえやけに
様になっていた。濃いカーマインの血液にマスタードが混じりソースが混じり、
「ねぇ、貴方」
始まった。
東側の中央、ボディガードを連れ丁度真横に陣取った男がこちらを向いて
小さく微笑む。地味なスーツを着た姿は情報に似合わず柔和な雰囲気だった。
ボーイと"女"が数人つく。店は素性を知っている。
2329、片目の視覚サイトを遠赤外モードに。全身義体、腕に仕込み銃。
第一印象ってのは往々にして正しくない。
「私を一体どこに連れていくつもりなの?」
『俺、この炭酸ワイン嫌いじゃない』
薄紫色の視線が廊下を挟んだ右隣から痛いほど突き刺さる。
『さてはクリスマス以外にシャンパンなんぞ呑めねぇクチか』
『そういうあんたはどうだってんだ』
それを無視し、俺は同じく笑みを浮かべたまま肉汁を嘗め取ってやった。
ルージュの微かな苦味が舌に拡がる。相棒は目を見開いてびくともしない。
「うんと南だ、お前の唇を凍らせるウラジオストクを抜け出してな」
そう聞くと再び切れ端を含んで、今度は挑むように俺を見上げた。不意に背筋を
何かが駆け上る。忍者服の下でマテバを握る目、瞳孔を絞った好戦的な目だ。
いいさ、お前がその気なら俺も本気で演じてやる。
それは九課の任務に対してというより、男同士の意地だった。
『そろそろか』
素子はネットを早々イシカワに任せ、ヘリと監視カメラの映像をハックしたまま
サイトーと電通している。
『対象確認。しかし少佐が無駄な演出とは珍しいな』
目立たない古ビルを直線距離51m、上空102.7mから照準で覗くスナイパー。
『あら、無駄だと思ってたの?隠れ家レストランが実はヤクザのアジトで、今夜某国
マフィアのドンが秘密裏にご来店。これだけ役者が揃ってウチだけお役所仕事なんて、
それこそ目立つでしょう』
『それはそうだが・・・』
『事実中々上手くやってるじゃない』
仕事の事を言っているのだ。あれくらいやらないと、ハナから演技だと解っている
相手を包める事など出来ない。仮にも彼等はツーマンセルを組む公安九課だし、
不慣れな現場も機転を利かせて何とかするだろうと踏んでいた。
『流石に全部筋立てなんてしてやらないわ。ドンの登場からは完全アドリブ』
『・・・フン、お陰で珍しいモンが見れてる』
『サイトー』
『何だ』
『貴方今日何時にも増して饒舌だって、自覚してる?』
動揺が表に出るなんてらしくないわよ。言い返そうとして、出来なかった。
少佐の指摘が事実だと気付いてしまったからだ。
その地名を耳にして、隣りのテーブルに掛かるボーイが一瞬身を強張らせた。
駄目だな、教育不足の下っ端を大事な時に出すんじゃねぇ。
「もしあの男に見つかったら・・・」
『えらく羽振りの良さそうな店だ。よっぽど酒か"女"が評判なのか』
「バレやしねぇさ、影武者を置いたんだ」
『裏にパトロンが有るんだろ。会員リストに偉いさんの名前は無かったが、
今後もゼロって可能性は低い』
「やっぱり、戻りましょ」
裏手で口論する店員の電通は筒抜けだ。お陰でピースが揃い始める。
『コウノ・・・って誰だ?取引相手か、数ヶ月前に逃げ出した?』
「弱気になるなよ、やっと新浜まで来たんだ」
『しかし紅塵関係ならイシカワが定期的に情報収集してたろうに妙だな、
書類にはウラジオストクとだけある。誰かが別港を経由させてたか』
「あの男が怖くないの?」
『知った上で非合法な酒仕入れてるんなら正式に礼状出せる』
「お前の居ない人生より怖いモンなんてねぇよ」
『現在は即新浜港だ。ロシアとの直通パイプができたって訳さ』
微かな溜息が洩れる。俺は身を乗り出す。
「もし追手が不安なら、義体化すればいい」
その時。グラスを撫でていたトグサの指先が、ピタリと動きを止めた。
「それって、」
・・・貴方、生身に飽きたっていうの?
肉声なのか電通なのか、演技なのかそうでないのか。
感情を抑えた囁きは、不意に俺の脳を攪乱してゴーストラインに浸透した。
生身に。つい87時間前、隅から隅まで触れたこの身体に飽きるなんて、
「馬鹿言うな」
『一体どうしたってんだ?』
返事はない。
アンティークランプに、意外と長い睫毛が橙色の影を落としている。
頬に薄茶の産毛が震えた。弱ったな。電脳の、捜査に関する活動野とは別の
エリアが徐々に麻痺していくような感覚。きっと気のせいだ、そうに違いない。
「私はモスクワで産まれて、ウラジオストクで育ったんだ」
気付くとテーブルから数センチの距離に奴が立っていた。
とっさにセブロを掴もうとした左手を押し留める。緊張を見せちゃいけねぇ。
暗号回線をオープンにする。タチコマとGAZには装備一式を積んである。
最初から示し合わせているはずだ、全てはパフォーマンスだと。
「ロシアは嫌いか?」
「嫌いよ。凍てつくように寒いし、あの男の縄張りだから」
「・・・だが、私なら義体化はさせないな」
「どうして?」
ふ、とトグサの左腕が引かれた。生身の扱いに慣れた出力だ。
細身でもないのに腕の中にすっぽり抱き込まれるような体勢になる。
スリットの内側にマテバを隠しているのを知ってる、けれどどうしたって
警戒してしまう。
済まない、君の恋人があまりに素敵だったから。一夜限りの舞台と思って
楽しんでやがんな、頭では解っている、が何故か苛立ちを隠せない。
「今の君で十分だ」
「嬉しい事を言ってくれるのね」
「おい、俺の女にそれ以上何かしたら―」
『バトー、聞いてる?今回の目的は護衛と調査だ、確保じゃない』
『予想外のコトが起きなけりゃな。それだけ言いに来たのかよ』
思わず立ち上がった。
奴の指先が削げた頬に触れる。鳥肌が背中に拡がるのをすぐ傍で認める。
笑みを浮かべながら、神経を張り巡らせて店員の監視も怠らない。
そう、トグサは確実に忠実に任務を遂行していた。見上げたプロ根性だ。
緻密にだが直感的に役割を演じる様はいっそ壮観で、扇情的ですらあった。
「少し良いか」
「駄目よ、彼怒ったら怖いもの」
「私だって怒ると怖い」
金髪を掻き分け首筋に指を這わせる。そうして俺を振り返ると、悪戯っぽく笑い
ぐっと身体を反らす。こめかみに口付けられて、一瞬眩暈がした。
ああ、弱ったな。演技でもそんな事すんなよ。引っぱられちまう。
掴まれたままの左手をぐいと引き寄せて、見せびらかすように薬指のジェットに
唇を寄せた。
「俺の女に、触れるな」
『なぁ、見てるか?』
『見てる見てる』
その頃パズとボーマは、GAZの運転席で店内の様子をバトーの眼と複数の
監視カメラをモニタしながら待機していた。
後ろの黒いスポーツカーには早々眠ってもらった。
今すぐ突入できる体勢は整えてある。
『トグサもバトーも凄いよな』
『なぁ』
女に見える訳ではないし超美人でもなかったが、ゴーストラインに響くような
言葉では説明できない危うい魅力がある。手に入れたいと思わせる。
そしてそれが周りの人間を巻き込みつつあった。
『・・・あいつ、こんな素質あったんだな』
『知らなかった』
『知っててもあれだけどな・・・』
『・・・ああ』
だがパズは実の所、今の展開を予測していた。
それこそゴーストの囁きと呼ぶべきか。否、少佐と準備に取り掛かった時から
薄々感付いていた。
少佐はポテンシャルに形を与えてやっただけなのだと。
モニタの向こうがざわめく。非常事態か、デウス・エクスマキナ(どんでん返し)か。
『ボーマ、セブロのセーフ解除しとけよ』
『言われなくても』
GAZから飛び出す。結末をのんびり見てる暇はなさそうだ。
「私が誰だか知っているのか」
「ああ、知ってるさ」
目が剣呑な光を帯びる。直感的に身構える。
だが短絡的に過ぎないか?脳の裏側に張り付く違和感。らしくない。
そう、全くもってグジェリカらしくない。更に言えば、イリイチらしくない。
思考を深める前に、腕の表層部がバララと解けて黒く光る銃身が目に入った。
右手は反射的にセブロをぶっ放していた。
エンドレスリピートの"Noir Orfeu"に店員の悲鳴が重なる。とっさに身を屈め、
机の下に身体を押し込んだのと7.62mmの純銀弾が右肩を掠めたのは同時だった。
裏口からパズとボーマが扉を蹴って入ってきた。
タチコマがぶら下がってガドリングを乱射する。ソファの本皮が音も立てずに
弾けて内部組織を露にする。分厚いマホガニーをいとも簡単に貫通し、同じ弾道で
ペルツォフカを粉々に砕いて放射状に散開させた。
トグサは奴の懐の内だが、現時点で最も安全且つ優位に立てる位置だ。
マテバが火を噴いた。剥き出しの弾倉と関節に六発。至近距離で.357マグナムを
浴びて、強化クロムがあっけなく千切れる。高温に照らされた薄紫が見開かれる。
その隙を突いて、小さなジェットの嵌る指が僅かな金属音と共に電脳錠を噛ませた。
下瞼とむき出しの背中を弾丸が掠めても微動だにしなかった。
全てがスローモーションのように流れた。
『バトー』
『正当防衛だ、見りゃ解る』
やがて嘘のような静寂が訪れた。
タチコマの威嚇射撃は全て無人のテーブルと小さなドアに向けられていた。
崩れ落ちた体躯を前に、トグサは未だ動かない。
『裏口の金庫に入ってた』
ボーマが壊れかけたテーブルに数枚のMMDと大量の紙帳簿を放る。
『魔法が解ける前に終らせたぜ、パズ』
甲で下瞼の傷を無造作に擦る。チョコレートブラウンを冷たいシルバーが覆った。
血の滲む背中に手を伸ばしかけたが、届く前に下ろす。
毅然としてマテバから空の薬莢を排出し、太腿のガンベルトに差し込む動作が
あまりにも優雅で、近寄り難いほどだったから。
『少佐』
『トグサ』
『この後仮想ブリーフィングで説明します』
そうして今度こそ、俺は役目を終えて傷ついた背中にジャケットを被せた。
見るも無残に壊された店内を見渡す。死亡ゼロ、怪我人イチ。
一連の違法行為に関する証拠は揃いすぎるほど揃っていた。
奴が入店した途端解けた、複雑な暗号通信。
あまりに明確なセキュリティの差。
『・・・こいつぁちょっと妙だぞ』
パズもボーマも何も言わない。皆気付き始めていた。
店員に電脳錠を差し込んでいく。腰が抜けて逃げ出せる者はいなかった。
トグサだけが破れたカウチに沈み込み、普段とも、仕事とも付かない声色で
ぽつりと呟いた。
「貴方は私をどこに連れていってくれるの」
2356と時刻を確認し、モニタを切断した。
"Noir Orfeu"だけが変わらず哀しげな歌声を響かせていた。
-Scene.3-
「詳細を」
マフィア関係者を乗せた車両を九課に出してから、所轄に現場を引き渡した。
監視カメラと店員の記憶を上書きする。事件は表向き紅塵会の下部組織が
違法取引を行った旨で処理されるだろう。
集合する時間も惜しい、仮想空間で事の顛末を課長に報告せねばならない。
少佐が溜息を洩らす。
「店を急に押し付けられた第三支部は経営に困り手当たり次第レアな酒を
探してたそうだ、紅塵会のコネクションを使って」
「で、その一端が河野書記補佐・・・」
「派閥に所属はしてるが裏にも表にも出ない人物だな」
「だから動けたんでしょ。日本じゃ違法な銘柄を幾つか横流ししてたみたい」
「けどそのルートは三ヶ月前に途絶えてますよ」
サイトーが腕を組み変える。
「どういう事だ?」
「記録上は同じウラジオストク名義だが、三ヶ月前までは河野の指定した
富山付近の廃港を経由してた。あの辺りは警備が手薄だからな、秘かに
根回ししたんだろ」
「奴が通い出してからはウラジオストクから店まで直結でした。
恐らく店内の改装もこの頃だ」
「だから酒の足跡が妙に洗い難かったのか」
「途中から偽造のプロが関与したんだ、無理もねぇ」
「記録はない。証拠は?」
「奴等洗い浚い電通してやがった。脳と帳簿を調べたら一発だろ、念のため
俺も"聞いてた"けどよ」
MMDを振って見せる。
「整理すると」
少佐が軽く息を吸う。
「輸送ヘリには本当に自衛以上の武装は見られなかった。以前の入国も同様。
どれだけ洗っても例の店以外に出入りした痕跡は無い」
「ボディガードは常に二人、確かにあの仕込み銃は高カスタムだ」
「だが、第三支部自体のセキュリティはえらくお粗末だぜ」
トグサの表情が一瞬曇った。
「結論から言うと奴は弱みを握られてました」
イシカワが眉を顰める。
「ずっと切り札を隠してた。すると偶然、向こうからやってきた」
「昔麻薬でモメて闘争が勃発した時ビチェスは日本側についてて、まぁロシアから
すりゃ裏切りだが、その際雇われた中に今の第三支部の頭がいたんだと」
「闘争の事実自体隠蔽されたしな」
「それこそロシアの裏を揺るがすスキャンダルだ。しかも背後にあるのは紅塵会、
第三支部を片付けるのはた易いが情報は銃より怖いからな」
「見返りは酒の入手ルート偽造とパイプ構築、否発掘か」
「そして今日、九課に接触してわざと見破らせた」
「自分を犠牲にしてでも隠したかったスキャンダルは―」
パズとイシカワが頭を擡げる。
「三竦みと呼ばれた祖父の、他でもないロシアンマフィアへの裏切りだ」
沈黙が流れる。時折微かな溜息だけが零れる。
「常に自分が"正しい"と思う事をせよ、とはビチェスの有名な言葉ね」
「それが裏切りだったと」
「しかし、あのビチェスの孫がなぁ・・・」
「疲れてたんでしょ、彼」
彼がウラジオストクで何を見てきたかなんて、私達には解らないわ。
「・・・明日イリイチ・イワニコフを本国送還の後河野基弘書記補佐を逮捕する」
それまで黙って聞いていた課長が、口を開いた。
「イシカワとボーマは0930までに押収した資料から書記補佐の各口座、
紅塵会と第三支部の背後をもう一度洗っておけ。少佐は報道管制を強化。
他は明朝報告書を纏めるように。各自解散。以上」
「了解」
課長が最初にログアウトする。やがてぽつりぽつりと後に続く。
少佐と俺とトグサだけが残った。
「シケた顔してんじゃねぇよ」
「人の事言える?」
動き難いドレスを着て敵の懐に潜り込む危険性は解ってた。
茶髪が俯いたまま、床の一点を見詰めている。
「・・・仕込み銃の機能だけ削ぐなら、四発で充分でした」
「けれど撃たなきゃいずれ撃たれてた」
そうして少佐は困ったように笑った。
ほつれた前髪を掻き上げてやり、目元の傷を撫でる。仮想サーバー上だから
現実にはほつれたままなのだが。
その表情が思いのほか優しかったので、俺はフンと鼻を鳴らした。
「彼がそうしたように、私達も"正しい"と思う事をしただけの事」
「・・・そうですね」
「正当防衛だったんだ」
「タチコマはちょっとやりすぎたけどね」
「いつもは弱っちいってぼやくくせに・・・」
すると漸くトグサが顔を上げて少し笑った。表情は大分和らいでいた。
俺はもう一度鼻を鳴らす。今日の仕事は終ったのだ。
消えようとする時、少佐がふと振り返った。
「トグサ、今日は上出来だったわ」
その意味に気付いて、気恥ずかしそうに後頭部を掻く。
すると思い出したように自分の首元を指差した。
「それ、貴方にあげる」
「え!?そんな、悪いですよ・・・」
男だから着けられないし、先回りしてその台詞を封じられる。
「貴方には似合うから」
そう、やけに優美な(大抵は見せかけだ)笑顔を向けられて、トグサは
ありがとうございます、としきりに首を捻っている。
「まあ、バトーはぐだぐだだったけど。護れなかったし」
「うるせぇよ」
そう言うと、悪戯っぽく笑う。今日は妙に遊ばれてる気がしてならない。
ひとしきり悪態をつくと、少佐の前に仮想ルームから離脱した。
天井を構築しない乳白色の空間が瞬時に遠のいた。
「お前まだシケてんのか?」
「そんなんじゃねぇよ」
パズがあまりに乗れとしつこいので、来た時と同じ道を逆方向に走っている。
誰も喋らなかった。事件の真相がというより酷く疲れていたのだ。
軽く拭ってから背中と目元にコラーゲンシートを貼ってやった。
硝煙が充満する。すっかり慣れた匂いだ。
柄にも無く深呼吸して、目の前の相棒を無意識に凝視する。
黒いストッキングは破れて足先が覗いている。余程張り詰めていたんだろう
(そりゃそうだ)、窓際に凭れて流れる高速をぼんやりと眺めている。
もう仕事は終ったはずだった。緩やかに足を組んで、前髪を掻き上げる。
軽く伏せた瞼は夜の色に覆われて、唇が微かに開いている。
鳶色の虹彩が銀の刺繍を映して揺らめいていた。
アンニュイな仕草が、GAZの暖色の内装とフットライトの中にあって
ある種独特の雰囲気を醸し出している。
そしてそれが素なんだと気付いた時、また背筋がゾクリと栗立った。
背を折り、右足首をそっと持ち上げてゆっくりヒールを脱がす。逆も。
一瞬強張ったがすぐ諦めて力を抜く。抵抗する気力も残っていないんだろう。
形のいい爪先から均整の取れた脹脛、真っ直ぐな骨格、太ももから腰にかけての
滑らかなラインをじっくりと観察する。土踏まずを空いた指でなぞる。
「旦那、くすぐったいって」
「黙って付き合え」
パズが見ているのも気にしなかった。
足の親指に口付ける。外気に長時間晒されたそこはひんやりと冷たい。
指間に舌を這わせると脹脛が痙攣した。そのまま足首を上り、スリットを肌蹴て
膝に顎を置くと少し耳を赤くしてむず痒そうな顔をしていた。
「少佐、くれるって」
「そーだな」
俺を見下ろす格好のまま、トグサが首元のブローチを外す。
コーティングされたチタンはそっとやちょっとじゃ傷付かない。来た時と同じ
金属光沢を、外のネオンに透かして見た。
「くれたはいいけどどうすっかなぁ」
「嫁さんにプレゼントすれば?」
「こんな高価なモン逆に怪しまれる」
提案しといて正直、これはトグサが持ってなきゃ意味が無いんだろうと思った。
少佐がトグサにした事の証。月から垂れる雫を見る度思い出すように。
なんて事、死んでも白状しないだろうが。
「・・・似合うって、言われたけど」
「今度機嫌が良い時に頼んでみろよ、こーでぃねいとしてくださいって」
「何だよそれ」
そう言ってクスリと笑う、自分がどんな顔をしているか解っているのか。
あーもう、なんかやべぇな。頭の芯くらくらしてきた。
「で、お前は少佐にどういう事を"レクチャー"されたんだ?」
取り敢えず聞きたい事を聞いておく。
「うーん、姿勢とか仕草とかテーブルマナーとか、店に入って飯が出てくるまでは
そりゃ事細かにご教授されたよ。けど後はその時の雰囲気とノリでいけって」
「・・・ノリで?」
「そう、ノリで」
あれをその場のテンションだけでやったのか。
しかし少佐も毎度無茶をやらせるもんだと思う。
それにしてもあんな劇中劇に、この俺がいつの間にか呑まれていたなんて。
「やっぱり少佐の言う通りだった」
ふと顔を擡げる。シルクに包まれた足を抱かれながら、相棒はにぃと口角を上げた。
旦那はこういうのに弱いんだって。
目の前で小さくガッツポーズを作るのを見て、
あぁ俺もうこいつにゃ適わねぇかも、と絶望を含んだ倦怠感がどっと押し寄せる。
「お前等途中まで送ってやるから今日はもう帰れ」
パズが心底面白そうな声色で運転席から顔を出す。
「え、このまま!?」
「その格好で九課ビルに堂々と入るつもりか」
「でも服とか返さないと・・・」
「お前しか着れない焦げついたドレスなんぞゴミ収集業者が困るだけだ」
「けど少佐にまだ何も」
「好きにせよとの電通が入ったぞ」
「だそうだ、お言葉に甘えて帰ろうぜ」
「こんなんで嫁に会えねぇ・・・」
「なら俺の家に来い」
こんな時は強引に誘うが吉だ。
ほとほと疲れているのに、不思議と悪くない心地だった。
そういえばまだジェットのリングを嵌めている。
「・・・どうする?」
トグサはほんの一秒だけ眺める。そして躊躇なく抜き取ると、俺の薬指にも
素早く手を伸ばし二つ揃えてダストボックスに放り込んだ。
「旦那とペアリングとか気色悪い」
「違いねェ」
そうしてニヤリと笑った顔は、今度こそいつもの相棒のそれだった。
-epilogue-
「なあ少佐」
「何?」
九課のダイブルーム。二人は明日の仕事に備えて暫しの休憩を取る。
「あれだろ、今日のトグサはバトーのどストライクだろ」
「ふふ、ばれてた?」
「最年長ナメんじゃねぇ」
溜息を付く髭を横目に、ふつふつと笑みが込み上げてきた。
はぁ・・・
現場から直帰する。ライフルを後部座席に乗せ、助手席にはボーマ。
「何か今日疲れたな」
「そうだな」
「少佐は類似タイプの仕事が来たらまたトグサにやらせるのか」
「可能性は高い」
「バトーまで妙な調子になるのはどうかと思うんだが」
「サイトー」
「それにしてもあの会話・・・」
「サイトー、ストップ」
「なんだ」
「こういう話題はパズに任せよう。俺等が考える事じゃない」
「・・・そうだな。その通りだ」
とりあえず風呂に入りたいと思った。
「これで宜しいですかな」
老人と、無造作に切った金髪が並んで夜景を眺めている。
「良いんです」
「"将来有望"と聞きましたが」
冷たい地下のアジトであまりに見事な防壁を組み、トカレフを放つ
細い腕に少しのぶれも無かった九つの少年。
「私は、祖父のようには生きられない」
その横顔はどこか寂しげだ。
「貴方を失って困る人間は多いでしょう」
「大丈夫ですよ。もっと大きな組織は幾らでもある」
「・・・でしょうな」
しかし貴方の下でなければならん人間もおるでしょうに。
と、荒巻は言わなかった。断じて。
「年貢の納め時ですよ。祖父の分まで、ね」
「何故無名の支部に?」
そう聞かれて、きょとんと表現するのが最適な表情で一瞬考える。
「本当に美味かったんですよ、酒が」
必然が偶然を、偶然が必然を呼ぶ、か。それとも因果か。
「災難でしたな」
「はい・・・いえ、」
最後は楽しませてもらいました。
「"彼"も、"彼"をオーガナイズしたのも貴方の部下でしょう」
「それが何か」
皺の増えた目元はけれど妙に晴れ晴れとしている。
「羨ましいな。ブリュンヒルデを二人も従えているなんて」
今度こそ荒巻は何も言えなかった。
左腕の急ごしらえの義手を撫で、穏やかに笑う。
少年は変わった。
「・・・明朝0722、見送りに参ります」
「ありがとう」
薄くけぶる雲の向こうで、満月が微笑む。
―貴方は私をどこへ連れていってくれるの。唇の凍らないずっと南へ。
哀しげで暖かな"黒いオルフェ"を漂わせたまま、街が眠ろうとしていた。
=Fin=
BGM:
"Lovestoned / I Think She Knows Interlude" by Justin Timberlake
"黒いオルフェ" by 椎名林檎
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桃晶(momoakira)
年齢:
36
性別:
女性
誕生日:
1989/03/21
職業:
大学生
趣味:
絵を描くこと、文を書くこと、楽器を弾くこと、音楽をつくること
自己紹介:
きれいなもの、ほっとするものが好きです。
色々な絵を描いたり、時には文章を書いたり
できたらいいなぁと思っています。
ラフな絵なんかももしかしたら載せるかも。
色々な絵を描いたり、時には文章を書いたり
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